昨日、今日は家族や友人がお祝いにきてくださいました。
ココは寝顔やキョトンとした顔を振りまいて、どっちに似ている話で盛り上がってました。
更新が遅れてゴメンなさい。みなさん、本当にお祝いの言葉ありがとうございました。
落ち着いて書くことができたので、よければ僕の立ち合い出産の話を読んでください。
2006年5月18日午後。
カミさんから「陣痛のようなんだけど、でもそんなに痛くない痛みが、10分おきくらいにあるから、一応連絡したよ」と連絡があった。僕はちょうど人と会っていて、カミさんの実家に向かって出発できたのは、夕方だった。運転しながら、ちょくちょく連絡を入れて「どう?」と聞くが、「うーん、間隔が長くなった。あんまり痛くなくなった」と、陣痛か、前駆陣痛かハッキリとわからないまま。「病院に電話してちょっと聞いてごらん」と僕が言って、カミさんが電話すると「もっと痛みが強くなってきたら、また連絡もらえますか?」と言われたそうだ。
結局21時頃、実家到着。まだそれまでの感じと変わらなかった。カミさんは、「時折ちょっと痛い…」と言うだけで普通にしていたし、お風呂にも普通に入れた。うずくまって動けなくなるようなことはなかったから、これは明日までこの調子かななんて思っていた。22時頃二人で間隔を計り始めると、8分~12分とちょっと誤差がある感じだった。
2006年5月19日0時~1時
日付が変わって、そろそろ寝ようかと言う頃になって、だんだんカミさんの痛みの間隔が短くなってきた。ちょうどブログを更新した頃かな。どうしようかって話したり、ブログを更新してるうちに、だんだん6~7分間隔になってきた。前から「子宮口が5センチ開いているから、早めに病院に来てください」と言われていたこともあって、手遅れになったらいけないしと、また病院に連絡をする。すると、今度は「1度内診しますから、来てください」と。出産~入院になることも踏まえて、準備をし早速病院に向かった。
今から考えれば、ここまで「僕の出発」や、「病院への連絡」など、すべて遅れなくて良かったと思う。思い込みや先走りは他の人に迷惑かけてしまう可能性も拭えないけど、今回のように「子宮口が開いているなど、非常の場合」は少し前倒しに考えて、ちょうど良かったような気がする。
19日1時半。
病院につき内診。
僕はその間、診察室の外にあったイスに座って待っていた。すると、いきなり隣りの部屋のドアが開き、両手に荷物を持った男の人が出てきて、僕に深々と頭を下げて通り過ぎていった。あっけに取られて何も言えなかった。僕は「僕は医者じゃないですよ~」と、誰が見ても私服の若造に見えるだろう格好のくせに、頭の中にはそれが回っていた。後から分かったのだが、この人は出産を終えたばかりの立ち会ったパパさんだったのだ。でも、その時の僕にはさっぱり分からなかった。産院なのでパパさんがいるのはいるだろうけど、まさか出産直後だとは!
そう、出てきた部屋はLDRだったのだ。LDRとは、今は多くなってきたと思うけど、英語のLABOR-DELIVERY-RECOVERYそれぞれの頭文字をとった言葉で、陣痛から出産、回復までを1つの部屋でゆったりと過ごせるよう、部屋の構造や設備を工夫した新しいタイプの分娩室の事。もしかしたら今日ここで出産するかも知れないなぁって、そんなことを考えてると、内診室から助産師さんが顔を出し「陣痛ですね。今から入院しますから、荷物をとってきてください。」と言われ、僕はカミさんと僕の荷物を車から降ろし、さっきのLDRに運び込んだ。カミさんは、ベッドの上でお腹に器具を巻かれて寝ていた。その器具はココの心拍数139を表示していた。
19日2時。
助産師さんは忙しいらしく、カミさんと僕はそのLDRに二人きりになった。しかし、僕は今から出産かと分かっているが、まだなんだかしっくりこない。なんだか手持ち無沙汰な、カメラの用意をするのもちょっとはばかられるような…。と、となりのLDRから、妊婦さんの叫ぶ声が聞こえてきた。カミさんは「私もあんな風に叫ぶくらい痛いのかなぁ、叫ぶほどじゃなさそうだけど…」と想像していた。僕は結局、お茶だけは用意しようと、自販機でペットボトルを買ってストローを取り付ける。カミさんの陣痛はその痛みを増してきた。間隔も4分。
19日2時半。
あお向けで寝ているのに耐え切れなくなったカミさんは、四つんばいになり始めた。陣痛が来ると、腰を手で押して欲しいといわれ、それから毎回押すことになった。僕は結構すっごい力で押さないと効果がない。以前から、カミさんの原因不明のお腹の痛みの時に腰を押していたので、これは得意とばかりに片手でベッドの手すりを持ち、もう片方で渾身の力をこめて押し始めた。押すと痛みが楽になるみたいだ。
19日3時半。
1分の休憩の合間にさすがにそろそろと三脚を立てたりビデオをセットしたりした。もう、1時間くらい陣痛が来るたびに腰から尾骨辺りを押している。押しながら助産師さんが言っていたように、深く呼吸をするように促す。「ゆっくりはいて!フーーーーって。フーーーーって。また、大きく吸って!」カミさんは、ともすればハアハアと息をしたくなるようだった。だんだん痛みが激しくなっているのか、カミさんが顔を歪めるのが強くなってくる。そして僕がトイレに入った時に、次の大きな痛みがやってきた。「あ~、う~、痛いよ~!マ、ザ、キィ~~!」大きな声が聞こえる。隣りの妊婦さんが叫んでいたように、カミさんも叫ぶほど痛くなってきたようだ。僕は慌ててトイレから出て、すぐに尾骨 を押した。
19日4時すぎ
カミさんは横向きに寝転んで、大汗をかいている。タオルで顔の汗を拭ってあげる。まだあお向けはツライらしく、痛みのたびに僕も変わらず尾骨を押しつづけた。ただ、状況は切迫しているらしく、カミさんの痛がり方、汗のかき方が半端じゃない。もう、僕も右手で押したり、左手で押したりと腕が肩からはずれそうになるくらい押している。僕も肩が痛いけど、カミさんの方がよっぽど痛いだろう。僕は見ていて辛くて仕方がなかった。できることをやろうと、ひと時も傍を離れず尾骨を押し、汗をぬぐい、必死で「フーーーーってはいて、ゆっくりはいて!息を大きく吸って!」と促し続けた。診察は子宮口9センチ。あと一息で全開。もう少しだから頑張ろう!と励ました。
19日4時半
カミさんの痛がり方が最高になる。息もできない、話もできないくらい痛いようだ。そして痛みの後に足が痙攣し始めた頃、子宮口全開になった。「ようやく出産か、この痛みからすぐに開放されるのか」と思ったところに「これからだね、さて、何時間かかるかな?」と信じられない言葉が!僕は驚いた!「これからまだ何時間もかかるんですか?」「そうだよー、3時間の人もいるし、5時間の人もいるし」「え~~~!!!」とにかくあお向けになり、イキみ始めた。こうなると僕は無力だった。額や首の汗を拭いてやり、イキむ時に一緒に歯を食いしばって応援した。息が止まると、「息して!息して!」と促した。僕のことなんて、もう見えてないし、全然関係なかったと思うが、何もせずには居られなかった。
19日4時57分、破水。
イキみ続ける。カミさんはものすごい食いしばって頑張っている。僕は完全に取り残された。どんなに真似して歯を食いしばってももう全然違うレベルにいることがわかる。もう、すでに僕は泣きそうになっていた。カミさんがこんなに力を入れている姿をみることが初めてだったし、こんなに痛くて、辛くて、力のいることとは…。見ていて、拳に力が入るけど、僕は何もできない。「もう、いいよ!力入れなくていいよ!」って何度も言いたくなった。
19日5時25分、そろそろ産まれる。
「んー!んー!」とイキんでいたのが、突然助産師さんに「もういきまないで、フーって息して!」と言われ、もう一人の助産師さんがカミさんの両手を胸に当てさせフーッ、フーッと深呼吸させだした。僕はやっとカミさんが力を入れずに済むんだと思い、ホッとして一緒になってフーッ、フーッと促すようにした。すると、また突然助産師さんが「上見て!赤ちゃんだよ!」と言った。カミさんが自分のおなかの上を見た。カミさんが「わぁあ!」と声をあげた。僕はカミさんが見ている方を見ようと顔を左に向けた。そこに居たのが生まれたばかりのココだった!5時31分だった。ココは僕が見た瞬間、産声をあげた!「オンギャ、オンギャ」とまさに教科書通りの産声だ。僕は「生まれたね!」と言った。その声はもう涙まじりだった。
お産も後産もLDRで終わり2時間の休憩と診察を終えた後、僕らは個室に移動した。その時、「奥さんは診察をしてから部屋に行きますので、パパさん先に荷物を運んでおいてください」と言われ、僕は両手に荷物を抱え、LDRを出た。早朝の病院。宿直の看護師さんに、僕は安堵とお礼を言いたい気持ちから会釈をして通り過ぎた。その時、ハッと気付いた!そうか、僕らがこの病院に来た時、LDRから出てきたパパさんは、こういう気持ちだったのか!
振り返ってみると、陣痛を感じてから約16時間、子宮口全開から約1時間、破水からは30分という、とても順調な出産でした。ただ、準備していたモノで使わなかったものもありました。「うちわ」はあんなに汗をかいたけど、風が気持ち悪くなるみたいで仰がなかったです。「テニスボール」はイキみ逃しのためだったんですが、僕が使い方を間違えて、必死に握らそうとしていた(笑)ので却下されました。お尻を押すという本来の使い方が分かっていても、イキみを逃す時があまりないお産だったし、僕が手で尾骨 を押していたので、結局使わなかったかも知れません。そのかわり腕はかなり疲れました。
あと、イキみ始める前の段階になって、助産師さんに「奥さんの荷物の中から産後におなかに巻くニッパーと、産褥ショーツと赤ちゃんようのタオルを用意してください」と言われ、慌てふためきました。まずそのもの自体がわからないのと、カミさんの荷物の中身がわからないんです。もう、カミさんは痛くて説明どころじゃなかったし、これからお産の人は先に渡すものとして用意しておいた方がいいかも知れないと思いました。まあ、病院によっても違うと思いますが、確認しておいた方がいいかも知れませんね。
でも聞いた話しでは、産婦さんでも、助産師さんと産まれてくる子供の名前を相談しながら産んだという余裕のツワモノもいらっしゃったようなので、説明くらいはできる人もいるかも知れませんね。人それぞれでなんとも言えないか。
最後に、個室に戻ってから、お互いに「お疲れ様」と言い合いました。
カミさんがどんなに大変かがよくわかり、立ち会って良かったと思いました。
追記と訂正: 5/22 2:25
出産の立会いのために用意したビデオはちゃんと撮れました。途中まで三脚で。イキみ始めてからは、手持ちで撮りました。なんとなく意識はしてましたが、やはりカミさんの方に意識がいっていて、まああんまりうまくはなかったです。でも、記録としてはちゃんと撮れました。
重複していた文面を削除しました。ミスでした。すみません。
追記と訂正: 5/25 3:33
「助産士」を「助産師」に訂正しました。間違ってました。
生まれた時間を追記しました。更新、もうちっと待ってね。すみません。