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2005年12月29日

妊娠線予防クリームと胎動

ちょっと前の話だけど、カミさんのお腹が大きくなりだして、妊娠線予防クリームを初めて塗るという機会が訪れた。
いろいろ見ると、パパがしてあげれることってトコにマッサージって書いてあるし、これは僕もやってあげたいと思って挑戦する。
手順は簡単だ。
クリームを手に取る。
手のひらで伸ばし温める。
お腹や妊娠線ができそうな部分に塗り、薄く伸ばしながらすりこむ。ってな具合だろうか。

思い返せば人の身体に何かを塗るって機会はそうなかったような気がする。
子供ができればいろいろとあるだろうけど、大人相手にはうーんないよなー。
海やプールで日焼け止めクリームや、サンオイルや、また日焼けした後にアロエのジェルなんかを塗るってことくらいしか思いつかない。
それでも手の届かない背中くらいだろう。お腹に何かを塗るなんてなかなかないような気がする。

だから、妊娠線クリームを塗るのも初めてだったが、人のお腹に何かを塗るってこと自体も初めてだった。だから、実はちょっと躊躇して恐る恐るになってしまった。
まずクリームを手のひらで伸ばして人肌に温まったくらいでそーっとお腹につけてみる。
指の先でそっと伸ばしてみる。
おおお、ドキドキ。大丈夫かな。
どれくらい力を入れていいもんやらさっぱりわからない。
もうほんとにそぉーっとそぉーっと神経質なくらい極端になっていたかも知れない。

そしたらカミさんが「もっとこうやってグゥーって伸ばしてね」っと僕の想像する限界出力を大幅に上回る力で僕の手にかぶせてお腹やその周りを押すというかマッサージというか塗り始めた。
おおおおおおおお!!!!うわっ!そんなに力を入れて大丈夫なのか!?
コワイ、コワイ、コワイ、コワイ……ふー、焦った。
なんかあんまり力を入れて触るとお腹が痛くなったり、ココの頭をグニョってやってしまいそうでとても恐かった。
実際、そんなことはありえないのかもしれないけど、ともかく想像してしまって心配だった。
最近では成功と失敗を繰り返し、だいぶ上手に塗れるようになってきたが、お腹はマッサージというより塗るというほうが近いくらいそんなに力を入れていない。
あんまりぐいぐいマッサージするとお腹が張っていけないとカミさんの通院している医者に言われた。

余談だけど、この医者というのも病院というのも方針や考え方がいろいろとあって、それぞれ違うので一概にどこが正しいと言えない。
たまたまうちのカミさんが通院している病院の考え方しか僕は知らないし、わからないから必然的にそれをここに書くことになるんだけど、それが万人に正しいとは限らないと思っています。
ですので、もし参考にされる方がいらっしゃったら、あくまで自己判断、もしくは主治医に相談してからにしてください。
僕がエコー写真やエコーしている画面をまだ見たことがないのも、仕事があり時間が合わないこともありますが、病院の方針でもあります。
最初から旦那さんも一緒に見れるところもあるかも知れません。
なんでそういう方針なのかは僕にはわかりません。

で、胎動は最近は活発です。
夜中の1時半という、僕が始めて胎動を感じ感動した時間がココは1番元気な時間みたい。
よくその時間に動いてます。
でも胎児って20分間隔で寝たり起きたりしているとか聞いたことがあるようなないような…。
カミさんがじっとしているとよく感じるってことかもしれませんね。
車に乗っている時もよく動くみたいです。
カミさんが「おおお!」っていう時が最近多くなって嬉しいです。
カミさんもココも元気なので、今年は誰もインフルエンザにならないように気をつけないと。マスクは必需品になりそうです。

追記修正1月5日
余談の部分ですが、エコー写真は見たことがありました。
でないと、エコー写真を見た話や、Pre-moに載っているエコー写真がウソになってしまいますね。
病院の方針で、エコー画面はまだ見たことがありません。失礼しました。

年末差し迫って参りました。
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2005年12月28日

妊婦とお葬式

5ヶ月期のうちの大きな出来事と言えば、やはり祖母の死だった。
12月の8日の朝に亡くなり、9日に通夜、10日に葬式が行なわれた。
(その前にブログをぶっ壊してしまうという大失態をしたけど…)
享年90歳という往生で、最終的には病に苦しみながらということもなく本当に眠るように息を引き取ったらしい。人生をしっかり全うしたなぁという印象。

父は祖母の長男で喪主だった。僕はその長男ということもあったし危篤前から連絡もあったので、仕事に都合をつけて、通夜、葬式と実家に帰るつもりでいたし、実際その通りにした。
カミさんもツワリはもうほとんど治まっていたし、長時間の車移動も休憩しながらゆっくり行けば平気と一緒に行くつもりでいてくれた。カミさんも祖母には会っていたし、最後のお別れに会いたかったのだろう。
結局、車で行くならと妹や姪っ子や甥っ子まで一緒に行くことになり、賑やかな移動になった。

着くとその日は通夜前日で会館の一室にて家族が寝ずに線香の煙を絶やさないように番をするという日だったのだが、僕と母と父でかわるがわる寝て線香の番をした。ほとんど寝なかった。
カミさんには妹や子供達と一緒に実家で寝てもらった。
次の日は準備と通夜で、喪主でいろいろと動けぬ父、母に代わり雑用、運転手、タクシー手配、親戚の方々が宿泊されるホテルの手配、挨拶回りなどに追われた。
さすがに夜は早めにダウンしてしまった。
その日は、カミさんも弔電の仕分け、整理など座ってやれることをしてくれた。

そして葬式の日。
カミさんも僕も参列し、葬儀、告別式、お焼香ももちろん、出棺、埋火葬、拾骨(収骨)、初七日、精進落としまで全て参加した。僕は動き回ってたけど、どちらかというと賑やかに行なわれたので精神的には楽だった。斎場もそんなに寒くはなく、寺も建物の中で暖かかった。極寒の場所は今回は無かった。

帰ってきてからカミさんは、車での移動に疲れたと言っていた。
やはり長時間連続の車移動はしんどい。
途中、休憩を挟んではいたが、もっと休憩するべきだったなぁ。
妊娠初期だったら、もちろん行かなかっただろう。実際、いとこはそうしていた。
喪服は今回2人とも新調した。カミさんはまだそこまでお腹が目立ってなかったので、
ワンピース型にしたら、なんとか普通サイズが着れた。と言っても1サイズくらいは大きいかも。
元の身体に戻ってみないと、これからも着れるかどうかはわからないが、仕方がない。
僕は、喪服という喪服(つまり本当のフォーマルスーツ)を持っていなかったので、買った。
もちろん、亡くなってから買ったのではなく、危篤になりそうだという連絡の前に買った。
そうやって買うと、案外長生きするもんだという話から買ったのだが、遅かったようだ。

僕達は全て参加したけれど、妊婦はあまり葬式に出てはいけないという言われがある。
ネットで調べてもたくさん出てくる。迷信みたいだけど、気になる人は大事をとった方がいいと思う。
やむを得なく出席する場合は、鏡を写る側を外に向けてお腹に入れていると良いとか、刃物を持つと良いとか言われている。うちは母に言われてカミソリをカミさんがカバンに入れて出席した。
迷信だと言われているが、気になるならそのようにするのも良いと思う。

とにかく、通夜、葬式はいつ自分が喪主やその家族側になるかわからない。
今回も、僕は近い親類の死というものは初めてで、右往左往しながらも勉強になった。
悲しみは後からひしひしと沸いてくるもので、その場はなんとか親父の助けをしたかった。
しかし、親戚が一同に会して別れを惜しんでいる場面は、ばあちゃんの血のつながりの枝分かれはこんなに拡がったということを感じ、そして人の一生はいろいろあるが、僕はこのばあちゃんのように枝分かれがたくさんできると素晴らしいなあと思った。
この人の人生と家庭があってこその僕の人生なのだなぁと、しみじみと思ってしまった。

最後に「昔、いっぱい小遣いくれてありがとう」と、なんだか重複してるお礼をまた言ってきた。
僕は死人が赤子を連れて行くという迷信よりも、ばあちゃんは天から見守ってくれると信じたい。

2005年12月27日

今日は記念日

夕食時、カミさんが「今日は記念日です。なんでしょう?」と言うので、はて?と。
こんな年の暮れに記念日があったかな?あ、初めて出会った日か、と思ったが、「なに?」と聞いてみた。

ちなみに初めて出会ったのは、「ジャスト」という、今は無きTBSのお昼の情報番組の忘年会だ。
僕もカミさんも「ジャスト」のリポーターをしていた。レポーター?どっちだろ?ま、いいか。
で、そのー、今から、何年前だっけ?一年前は既に結婚していたから、その前のその前か。
2002年の暮れの12月26日だったような…。いや、23日だったような…。うむむ。

閑話休題。
それかと思ったんだけど、違った。
「今日は私が、妊娠して初めて席を譲ってもらった日でーす!」とな。
おおおおおおおおお!!!!!!ついに!(ここまで“お”を書かなくてもよいが…笑)
そっかー、良かったな〜。もう人が見てもお腹が大きく見えるんだな〜って。

カミさんはカバンに常に「Pre-mo」のオマケについていたストラップをつけて通勤してるんだけど、座っている人の前に立つとちょうどそれが目に入る位置にくるらしい。

p038.jpg

p039.jpg

お!ちょうどいいんじゃね?と思ってたけど、来る日も来る日も満員電車に立って乗っていた。満員電車がちょうど満員になった頃に乗り込む駅に住んでるからしょうがないんだけど、最近ではどっちにしろ座れないからと、優先座席の方に乗るのすら特にしなくなっていた。
結構、興味津々なのか、たまたまなのか、見る人はストラップ見てるらしいけど、内容がわかりにくいのか、席を譲るまでいかないのか、お腹が大きくなかったからわかんなかったのか、今はお腹が大きいってだけに見えるのか、まあ、席を代わってもらうまでに至ったことがなかった。

どうだった?と聞くと、女の方だったらしい。最初はその方は寝てらして、カミさんは立って携帯をいじってたらしい。で、ふとその方が起きてストラップを見たのでしょう、(今日はカミさんはロングダウンを着ていたので、お腹はよく見えなかったから)手を「トントン」とされて、ジェスチャーで「コレ」ですか?と。で、カミさんが「そうなんです」と言うと、「ゴメンなさい、気付かなくて…」と言って、席を代わってくれたらしい。おお!ありがたい。どうもです、その方。

良かったな〜。カミさんよ。
俺もこれからストラップを見かけたら、あ、見かけなくても代わるよ。
って、最近その前から、電車に乗っても、あんまり座らないようにしてるんだけど。
いやー、良かった、良かった。
↓良かったついでに、ここをポチっとひとつ。

2005年12月26日

久々に更新!

長らくお待たせしました。
そしてメリークリスマス(遅め)

いやー、なんとか稼動することができました。
3連休は時間がたっぷりあったので、設定をガシガシやれました。
全く前と同じならコピペで良かったんですが、結構違う部分が多かったので苦労しました。

さて、5ヶ月のカミさんですが、
すこぶる元気でお腹も今月に入ってからグングン大きくなってます。
ブログが壊れて、取り返しがつかなくなり、
僕の祖母の逝去で実家に帰り、通夜、葬式、
その辺りからずっと書いてないですね…。

戌の日のお参りは結局行けず、家で腹帯を巻く儀式(っても写真を撮ったりしただけ)をしました。
その頃からかなぁ、急激に大きくなるお腹に妊娠線予防保湿クリームを塗りはじめました。
そして、クリスマス前には胎動があり、イブイブは2だけの最後(おおげさ?)のクリスマスを過ごし、イブは1月に出産予定の友達夫婦と西松屋に初めて行って、その後、ターキーじゃなくて美味しい焼鳥(なんで?)を食べて、鯛茶漬けを食べて、でも、ケーキは食べなくてって感じのクリスマスでした。

それぞれまたゆっくり書きますが、とにかく更新!
もう年の瀬!ヤバイ!今年の記事は今年のうちに!

2005年12月20日

おおお!

胎動です!感動です!僕の手にも感じました!
いや〜!スゴイ!感動した!動きました、ピクって。

最近、カミさんが「胎動かも知れない」ってずっと言ってたんです。
胎動かもしれない、胎動かもしれないって言うたび、
僕は「お!」「マジで!?」と思ってたんですが、
でも、もしかしたら腸が動いたのかも知れないって言うから、
そのたび、「そっか〜。まだわかんないかぁ」って。
こりゃぬか喜びはできないね〜って2人で言ってたんですけど、

でも、今、まさに今。カミさんが寝ようとしていたら、
「動く、動く!」って言うから、お腹に手を当ててたら、「ピクッ」って。
ほんとに一瞬だったけど、2回感じることができました。

すかさず「ココ〜。動いてるの〜?」って話しかけてみたんですが、
返答はありません。当たり前か…。
「もう遅いから、寝なさい」って言ったら、
カミさんが「今からそんなこと言われてる」って笑ってました。

いやー。感動した。

じゃ、作業に戻ります。

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